一言でいい、ただそれが幻でない証に、ほんの一言でいいから欲しかった。
HEAVEN.
「違うヨ!!」
唐突に聞こえた大声、その声が独特の高さと覚えのあるイントネーションとを持っていると気づいた時、紅印は一瞬眉をしかめながら首を傾げそれからその出所へと急いだ。恐らくは角を曲がってすぐだ。
予想通り、そこには桃色と淡い黄色のツートンカラー。あらワンタンじゃない、そんな言葉が出かけたがすぐ止める。
小さな背中の向こうに、特に見覚えも無い平凡な黒頭が二つほどあった。びっくりしたように目を丸くしている。それが不思議で(そもそも普段温厚なワンタンが大声を出すこと自体不思議なのだ、はしゃいで出す声ならまだしも)、まだ何か喋りだしそうだった王の言葉に耳を傾けた。
それはあっという間におおよその事の成り行きを紅印に悟らせる。
「違うヨ!そんなことないヨ!…朕も剣菱もみんなも、一所懸命やっただけネ!!みんな好きで、出来るだけ、一所懸命、」
「…でも、そのせいであのエースの奴倒れちまったんだろ?持病もちだったっつーじゃんか。病人働かしてまで勝ちたかったわけ、お前ら。大体さあ、あんだけ優勝とか色々息巻いといて、あんなとこでばたばた病人出して準優勝止まりなんて、ありえねーから」
「…違……」
「鳥居だっけ?かわいそーだよなー、無理しないで野球なんかやめてたら、あんな血ぃ吐いたりしなくても良かったんだろーに」
「そんなの…!!」
「違うわよ」
唐突に入ってきた声で、三人ともびくりと肩を震わせぱっとその方向を見た。王は「あ、紅印」と少しほっとしたような顔を見せたが、すぐに相手の顔がいつもと違い少々険しくなっていることに気付いて口をつぐみその動きを見つめる。一方紅印のほうはつかつかと歩み寄ってきて、
「野球をやめていれば、やっぱり今の剣ちゃんはなかったわ。野球での勝利を求め続けることで色んなものを得ることが出来た。…少なくとも私はそう思ってる」
女言葉に一瞬きょとんと目を丸くした相手だったが、すぐに自校の野球部キャッチャーの性質を思い出したのだろう、気を取り直した様子で、はっ・と笑って言った。
「だから、それ、エゴじゃねぇの?勝ちたかったのはお前らだろ」
「…違うネ!剣菱だって…」
「そうよ」
「へ?」
「え!?」
あっさり来た紅印の言葉に、王も二人も目を丸くする。紅印の目は真剣だった。いつも柔和な彼に似合わず、どこか、冷たい色の。
「勝ちたかったわ。いつでも、何をしてでも勝ちたかった。…負けるわけにはいかなかったのよ、絶対に」
「いや、だか…」
「勝つことが全てだったわ、私達には。それが、正真正銘に命を懸けて野球と向き合い野球を愛し続けるあの子に私達が出来た、唯一のことだったんだから」
王の目がますます丸くなる。ただでさえ丸い目なのにどこまで丸くなるのだろう、冷たく前を睨みながらもぼんやりそう思った。言葉は続ける。
「止められなかったのよ。止められるわけないじゃない。本気で、死んだって不思議じゃなかったのよ。それでもやめようとはしなかったのよ。してないのよ。自分のやってることとそのリスクぐらい、十分分かってたのに。…そんな人間相手にね、どうして危険だからやめろなんて言ってそれを取り上げられるっていうの。覚悟を決めた人間の意思を、理屈でどうやって曲げられるっていうの。」
「……」
「だから決めたのよ私達は。彼が自分で諦めない限り、止めないって。その代わり、彼の努力と覚悟が無駄にならないように、私達も覚悟を決めようって。負けない覚悟を」
(少しでもいい、俺らで、あいつの笑顔増やしてやりたい)
(なあ、頑張ってやんなきゃなあ。出来るよなあ、勝てば良いんだから。やっぱ野球だもん、一人じゃ出来ねえ。だから俺らがいるんだよな。なあアニキ、やってやろうぜ。闘ってやろう。一緒に。)
(そいで、勝つんだ)
「…勝たなきゃ。勝って、たくさん笑ってほしかった。どんなに頑張ってもいつかあの子の野球は私達より早く終わりが来る、だから、それまでに少しでも多く彼の野球に報いをあげたかったのよ。喜びをあげたかったのよ、それがあの子の世界の全てだもの」
そこでやっと言葉を止め、はぁと息をつく。そして、ひょいと王の後ろ襟首を摘み上げた。
「哇!!何っ…くるしーヨ紅印!」
「なんと言ってもらっても構わないわ。結局私達が思ってただけのことだしね。でも…」
くるりと踵を返す。
「後悔はしてない」
そのまま背を向け、ずりずりと王を半分引きずりながら歩き去る彼に、結局二人は何も言えないままだった。
「…あのネー、紅印」
「何?」
ずいぶん歩いたところで(もう王も抵抗しようとはしていなかった)、ぽつりと王が呟いた。
「朕、みんなでやる野球、大好きだったヨ」
「……」
「ずっとずっと。剣菱がいて紅印がいて雀とか土本とかいっぱい居た。朕にとっては、最初から居たヨ。この国来てから朕は前よりもっと野球が好きになったネ。だってみんな大好きだった」
「……」
「みんなが居てその中に朕も居て、監督が居て。そして野球が出来る。…幸せだたネ、朕は。今まで生きてきた中でも、特上の幸せな時間、いっぱい貰たヨ」
丸い目からぽろっと透明な滴が零れた。
「ねえ、剣菱も一緒かナ。剣菱も、朕たちと一緒に野球できた時、幸せだったかナ。幸せだったって思ってくれてるかナ」
ぐすぐす。涙も言葉もあふれて、あふれて。
「朕悲しいヨ。なんであんな風に言われなきゃいけないネ。剣菱は野球が好きだたヨ。朕だって、紅印だってみんなだって好きネ。好きなことを、好きな人たちとやれる。極上の幸せ。だから少しでもたくさんやっていたかったヨ、やってほしかったヨ。剣菱に、少しでもたくさん、幸せでいてほしかったヨ。……なのに、なんで剣菱はあんなネ。なんで神さま、剣菱もっと強く生まれさせてあげなかったネ。朕、悲しい」
ぐすん。大きく鼻を啜る音。
「…紅印、後悔してないって言ったでショ。でもちょっと嘘ネ。紅印は絶対後悔してるヨ。朕もしてる。止めてあげれば良かったって、そしたら剣菱今頃病院なんかいなくて良かったって。…思わないわけ、ないネ。だって止めなかったのは朕たちヨ、知ってたのにあんなになるまで放っといたの、朕たちヨ」
「…、けど……」
「けど、じゃあ最初に戻れたら剣菱止めるのかって言われたら、それも違う。やっぱり止めなかったと思うネ。剣菱から野球取り上げるなんて誰にも出来なかたヨ。何より、朕、多分みんなも、…剣菱とずっと野球やりたかったヨ。そこだけ、後悔してないのホント。みんな揃って野球出来たこの二年と少し、あれがあるから、朕たちのやったこと全部が間違いなわけじゃないって思えるネ」
「……」
「だからせめて、ほんとのほんとに幸せだったと思いたいヨ、剣菱。幸せだったの、楽しかったの、朕だけじゃない。みんなだけじゃない。剣菱だってそうだったって、思いたい。…ねえ、朕、また我侭言ってるカ?よく怒られたネ。やっぱり、今もそう?さっきの人たち言ってた、“えご”いうやつ、なってるカ?」
「…そんなことないわ」
歩き始めてから初めて、紅印は微笑った。軽く目を伏せる。
「私だってそう思ってるわよ」
「ホント?」
「ええ。…本当に。」
どうかどうか、彼の中に、確かな幸せの記憶が残ってくれていますように。自分達にとってかけがえのないあの頃の記憶が、彼の中でも輝いていてくれますように。
『幸せだった』って、一言でいい、言ってもらえたなら。そうしたら、たとえ薄っぺらい上辺だけでも、自己満足的でも、そう、彼らが言ったように私たちのエゴだとしても。
救われる。少しだけかもしれないけれど。
そんな気が、した。
「――そだ!剣菱、まだ目ぇ覚めないカ?」
「今のところ起きたっていう連絡は無いわねぇ。…だから行くんでしょ、病院」
「早く起きてほしいネ。話したいこといっぱいあるヨ」
「そうねぇ……」
「…っていうか、紅印!もう引きずんなくて良いヨ!朕一人で歩けるネ!!」
「はいはい。……」
「…って、感じのことがあったのヨ」
「あ〜、だからさっき俺に、『一緒に野球してて幸せだったか』なんて訊いてきたんだね〜。」
ベッド脇で両手を広げ話す小さな少年に、上半身だけ起こしそちらを向いて言う。その表情は相変わらず少し眠そうで緩くて、でもあたたかい。小さな少年、王は、こくりと大真面目に頷いた。
「ウン。朕、どうしても気になったネ。変なこと訊いてごめんヨ」
「あはは、いいよ〜。てか、俺寝てる間にびみょ〜に迷惑かけたみたいだね〜、俺の方こそごめんね〜。」
すると王は勢い良く跳ね上がって、
「そんなこと無いヨ!剣菱は朕の質問に一秒と間を入れず『当たり前でしょ』って答えてくれたネ。朕すごく嬉しかたヨ」
「あはは〜…」
「ありがとネ。朕も幸せだた。この国来てよかったって、心から思てるヨ。剣菱も紅印も雀も、みんなみんな大好きネ」
「あはは〜、うん、俺も好きだよ〜。……けど、びみょ〜に苦しいかな〜?」
「…ワンタン。病人の首に全力で抱きつくのはやめなさい」
「桃食 乱暴。剣菱 今 病弱、要 加減」
「ったく、元気だよなーワンタンは…けど剣菱、だいぶ顔色良くなったじゃん。少しは落ちついたんか?」
「はは、でも起きたら医者には怒られるんだよ〜。こんなに身体動かさないの久々だから、運動したくてうずうずしてんだけどさ」
「駄目よ、剣ちゃん!ちょっと回復したって言っても、全快じゃないんだから!…もう少し、我慢してて頂戴。…そのうち良くなるかもしれないでしょ」
それは少しばかり、いや、少しどころでなく、絶望的な可能性だったけれど。けれど、そんなことは誰も皆承知の上なのだ、それでも『もしかしたら』と思っている。夢を見ている。
絶望の前に立ちすくんで言葉を失くすような次元はもうとっくに越えていた。
「そだね〜、良くなったらいいな〜。」
やっと離れた王の頭をぽんぽんと軽く叩きながら笑って言う。すると王がぴょこりと頭を上げた。
「そしたらまた一緒に野球やるネ!」
「ワンタン…いつまで日本居る気なんだよ?お前。」
「わかんないけど、絶対やるヨ!もし中国帰ってたら、その時だけまた帰って来るネ!!」
「桃食 退去意思 零……。」
呆れ気味な雀の呟きも、談笑の最中に消えていく。
一通り話したいことを話して。
思いきり笑って。
そろそろ帰れ・と看護士が怒りに来たのでじゃあ帰るか・と腰を上げた。ぞろぞろと病室を出て行くいくつもの背中、その時。
「ワンタン。紅印。」
ぴたりと止まる。振り返ると、ベッドの上の彼はにこりと笑った。
「ありがとう」
ただ一言、その一言。その言葉に二人は一瞬顔を見合わせて、それから、
「バカねぇ、もう」
「何かと思たら、そんなことカ」
ゆっくりと言う。微笑って。
「こちらこそ」
ありがとう。
君の居た頃、君の居る日々、ずっとずっと私達は幸せだった。もちろん今も、今でさえ。
ありがとう。
お礼をいうのはあなたじゃない。
ありがとう、君に出会えて君が居てくれて君がそう言ってくれて、よかった。
--------------End.
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なんていうか…頑張ったんですけど、やっぱり私の文章ってちょっとごちゃごちゃしてるなあ(汗)
そんなわけで七橋ですー。ジャンプ展開から日が経ってようやく頭も落ち着いたのか、また七橋が愛しくなってきました(ぇ) やっぱり好き。好きなんですよ、剣菱さんも紅印さんもワンタンもみんなみんな。だから、あのメンバーみんなで野球してた頃、時間、みんなが幸せだったと思いたい。ほとんど私の願望だ…(汗)
ネットで(多分)人気な雀王・剣紅に圧されてなんとなく忘れてましたがそういえば私は七橋登場当初目ぇつけたのは剣王でした(微妙に絵が残ってたりする)。つーか良く考えたらうちの七橋はむしろ紅王気味だったのか!?(汗(漫画とか思い出してみる限り;)) いや、お姉さんな紅印も大好きですからね。多分そのせいだと思うんですけどね。ゆるゆる優しいお兄ちゃん的な剣菱に王が思い切り懐いてるといいなぁ、とか。ていうか王が可愛いです…初めて「朕」って一人称見たときはビックリしたけど。でも今となってはむしろ朕以外考えられないよ…めっちゃ可愛い「朕」(笑) カタコト日本語もなかなか。ちっちゃい「つ」の省略はどこでやるべきか微妙に迷う(っていうか原作であったっけコレ?)んですが、「ネ」とか「ヨ」は付けるのめっちゃ楽しいです。銀魂の神楽とはまた別な雰囲気出る。しかし未だに疑問なのは果たして王は「アル」を使うのかどうか…。……多分使ってないとは思うんですが;;
とりあえず剣菱兄さん再登場熱烈希望中です。そして喜ぶ七橋のみんなが見たい(笑)
あ、フォント色は私的に幸せそーな色作ってみました。パソ環境によっては見れないかもしれんのですが; 淡い、ほんわかした桃色(でも基調はどちらかというとオレンジ系なんですコレ実は)。…見にくい……(じゃあやめろや)